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論文全8章書き終えた

2年前から取り組んでいた論文を全編書き終えた。
12月から約1ヶ月半、ほぼ毎日書き続けた。
ゼロから書いたのではなく、過去の論考をまとめ直した部分が多い。
2章分はほぼ書き下ろしで、そこが書き進めない最難関の壁だった。
年末年始の3連休2回と年休を利用して冬休みとともに即帰省した。
こうして最大限の執筆時間が作れたのも大きかった。
戻ってからいきなり病気になったのは痛かったが、1週間後には執筆再開した。
いつもならそこで気力が萎えて止まってしまうところだが、今回はそれがなかった。
ずっと前に外国の学会で久々に再開した院生時代の知り合いの話を思い出した。
とにかく執筆の時間をつくること、その時間をつくるためにメールアドレスも変えて連絡も絶ったとのこと。
それと同じことをこの1ヶ月半した結果、書き終わったのだった。
何かをするには何かをやめなければ時間はつくれないのだと痛感した。
「自分を変えたい時にまずやるべきこと(大前研一さんの言葉だそうだ)
1.時間配分を変える、
2.自分の意思を弱くするものから遠ざかる(住む場所を変える)、
3.付き合う人を変える」
で、自分がしたことと言えば、
1.毎日必ず数時間は論文執筆で優先順位第一位にして他の仕事はすべて最低限最小限の手間と時間で流した、
2.年末に授業が終わったら即帰省して職場から離れて授業開始直前まで戻ってこなかった、
3.授業とオフィスアワーと会議の最低限の接触のみにした、
である。
 

地獄の一週目の終わり

今週は何だかんだで落ち着かない週だった。
修士の口頭試問の日に通常授業3コマがあったためだ。
1限授業→口頭試問→3、4限授業→口頭試問で、授業と口頭試問の場所が離れていて、その日の歩数が9000歩を越えていた!
学内移動だけで1万歩近く歩いたわけだ。
実際には、他の曜日は通常とそれほど変わらなかったが、週の間にこんな過密スケジュール日を挟んだため、妙に疲れてしまった。

iphoneとfacebookと格闘中

年頭からiphoneに買い換え、facebookも始めた。
が、どちらも使いこなすにはまだまだ時間がかかりそうだ。
iphoneでやっていることといえば、メール、電話、youtubeで音楽鑑賞、ニュースサイトで最新ニュースのヘッドラインの確認、ラジオ聴き、モバゲ(農園ホッコリーナ)、写真と動画撮影といったところだ。
便利さを実感したのは、youtubeの音楽鑑賞と、授業の板書撮影(備忘禄がわり)、面接や実習の予行練習の撮影。
特に、予行練習撮影は気軽にその場で撮ってすぐに一緒に見ながらフィードバックできる。
板書撮影もすぐにPCメルアドに転送してウェブメールが保管場所になる。
まだまだいろいろな活用法がありそうだが、今はこれが精一杯だ。

快復途上

嘔吐感がなくなり、下痢も治まってきた。
とはいえ、用心のため(人に移さないため)外出時だけではなく室内でも人前ではマスク着用、消毒・清潔を心がけている。
食事は今日やっと3食食べられた。
お粥中心で、夕食は野菜スープ煮もつけて今日はソーセージも少し入れてみた。
九州の農家から送ってもらった野菜は美味しく、少し煮ただけですぐ火が通る。
味も野菜に甘みがあって、本当に今まで食べていた野菜は何だったのかと思うほどだ。

新年仕事再開そうそう病気でダウン

3連休を利用して冬休みは長めの休暇をとって帰省した。
戻って職場に復帰してその夜、急に嘔吐、そして下痢が始まった。
明け方まで数回吐いて結局眠れなかった。
授業を休講にして、病院へ行くしかない!
その前に、病院へ行くために呼んだタクシーが駐車場から道に出ようとバックしたところ、ゴミ清掃車に追突!?
結局もう1台代わりのタクシーを呼んでもらって病院へ。
「人混みの中に行きませんでしたが?」
「2日前帰省先から戻るため飛行機にのりました。」
「何かもらってきたようですね。」
「・・・」
点滴をしてもらって、薬をもらって帰宅。
自宅で薬を飲んで少し寝てから、午後遅く出勤。
緊急の某業務のため結局夕方遅くまで仕事。
食欲はまったくなく水も飲む気なし。
それではますますよくないので無理してスポーツ飲料を少しずつ飲んだ。
マンションに自動販売機があってスポーツ飲料がすぐ買えたのは不幸中の幸い。
夜なんだか寒気がするなあと熱を測ると、いつのまにか38度近くになっていた。
嘔吐下痢症の辛さは聞いていたが、これほどとは!入院以来のしんどさだ。

で、これが数日前の出来事で、週末はお粥と野菜スープ煮は食べられるようになった。
とはいえ、食欲はまだそれほどない。
熱は下がったものの、体はまだ本調子にはほど遠い。

2011年のまとめ

2011年(平成23年)のまとめを書いておく。

・3月11日東日本大震災、福島原発事故をきっかけに組織や人の様々な深層面、そして自分にとって大切なものが顕わになった1年だった。
・科学研究費に初めて当たった。10回以上出してだめだったのに正直驚いた。
・8月に中国に初めて行った。北京、天津、長春、大連と約1週間駆け足でまわった。土地の広大さと人の多さを実感した。
・初めて大学院生1名、研究生2名を指導教員として受け入れた。
・項目執筆していた事典が完成した。授業で使用して学生にも紹介できるようになった。
・放射能汚染状況を知るためにtwitterやblogを意識的によく読むようになった。原発関連の記事が比較的多い東京新聞を時々買って読むようになった。
・自宅はHPの一体型パソコン、自宅携帯用はMacbookAir、大学はHPとDellデスクトップ、といつのまにか使用コンピュータは海外メーカーもののみになってしまった。ipadはまだ使いこなせていない。
・DVD発売を楽しみにしていたアメリカのテレビ番組「Numbers」は終わったそうだ。ミステリーの楽しみが一つなくなってしまった。ミステリー本でおすすめは特になかったのが残念。
・ずっと読んでいた漫画「ピアノの森」がショパンコンクールファイナルを迎え、今後の展開が楽しみな反面、ショパンコンクールが終わって物語も終わりなのだろうか。

避難訓練

午前中に全学一斉避難訓練があった。
避難場所で解散になったが、3月の震災の経験から言うと、避難後が大問題のはずだ。
電話は通じず、建物から出てきた人々は駐車場や広場に立っているしかない状態だった。
避難後、揺れがおさまった後にどう状況判断して行動するかが問題だったのだが・・・
今日の夜のうちの室内の線量は毎時0.14ミリシーベルト、いつもより高めだ。
口の中が金属っぽい味がするときはたいていガイガーカウンターの数値が高めに出る。

持ち帰り仕事、新聞の勧誘

研究日だが、今週から始まる授業やコース関連の文書や連絡、明日締め切りの紀要原稿修正で一日が終わってしまった。
夕方、チャイムが鳴ったのでインターホンで応答、新聞の勧誘だった。
10年以上前に新聞をとるのはやめてしまった。
それでも必要な情報は得られるし、震災後はむしろ新聞情報に惑わされずにすむ。

新学期開始と風邪の引き始め?

新学期最初の授業の作文は受講者6名。
語学の授業としては理想的な人数。
風邪の引き始めのような感じで、喉に痰がひっかかったような感触で声がかすれている。
鼻炎カプセルとのど飴を学内のコンビニ兼薬局に夕方買いに行ったら、もう薬剤師さんはいないので売れないのだが、もし買うなら自己責任でとのこと。
いつも買う薬なのに・・・と内心思いつつ、自己責任とやらで買った。

youtubeで音楽を聴く

youtubeで音楽を聴きながらパソコンに向かっている。
同じ曲や歌でもいろいろな演奏が聴けて、コンサートのライブもある。
"Still crazy after all these years"や"Desperado"など楽しんでいる。

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